英国王室の家族は増えている一方、慈善活動や国家行事、外交上の接遇などに君主制を代表して出席する「現役の王室メンバー」は現在11人にとどまっている。ジョージ王子やベアトリス王女らも王室の一員だが、公式の立場でこうした公務には参加していない。
現役メンバーの多くは75歳を超えており、77歳のチャールズ3世はむしろ若い部類に入る。ハリー王子とメーガン妃は英国での生活に戻ったものの、立場は私人のままだ。アンドルー・マウントバッテン=ウィンザーはすでに王室の公務から離れ、関連する称号も放棄している。
チャールズ国王とカミラ王妃
77歳のチャールズ3世は、フィリップ殿下とエリザベス2世の長男だ。かつてダイアナ元妃と結婚し、ウィリアム皇太子とハリー王子をもうけたが、1992年に別居した。ダイアナ元妃が1997年にパリで亡くなった後、チャールズは2005年にカミラと民事婚を挙げた。
エリザベス2世が2022年に死去すると、チャールズが王位を継承した。即位時の年齢としては英国史上最高齢の君主となった。2024年初めにがん治療を受けた際には、対外的な公務を一時的に減らしたものの、国事や公式文書の処理は続けた。同年4月から日常の公務に段階的に復帰し、その後も王室行事への出席を続けている。
79歳のカミラ王妃は英国の貴族家庭に生まれた。チャールズとの結婚後に王室入りし、かつてはウェールズ公妃の称号を持っていたが、ダイアナ元妃との直接的な結び付きを避けるため、結婚後はコーンウォール公爵夫人の称号を選んだ。前夫アンドルー・パーカー・ボウルズとの間にはトム・パーカー・ボウルズとローラ・ロペスの2人の子どもがいる。チャールズとの間に子どもはいない。
エリザベス2世は生前、チャールズの即位後にカミラが王妃となることを望んでいると表明していた。カミラは現在も公務や公式行事に継続的に出席し、チャールズ国王の職務を支えている。
ウィリアム皇太子夫妻が王位継承者の公務を担う
ウィリアム皇太子はチャールズ3世とダイアナ元妃の長男で、王位継承順位1位にあたる。ウィリアムとキャサリン皇太子妃はセント・アンドルーズ大学在学中に知り合い、2010年10月に婚約、2011年4月に結婚した。当初はケンブリッジ公爵夫妻の称号を持っていたが、チャールズの即位後、2022年にウェールズ公夫妻となった。
夫妻にはジョージ王子、シャーロット王女、ルイ王子の3人の子どもがいる。ウィリアムとキャサリンは長年、王室の海外訪問や慈善活動、国賓関連の接遇にそろって参加し、王室の対外活動を支える中心的な存在となっている。
キャサリンは2024年前半、がん治療のため公務を一時的に減らした。その後、軍旗分列式やウィンブルドン選手権に出席し、同年9月には化学療法を終えたと明らかにした。秋から公務への復帰を段階的に進め、2025年1月には病状が寛解したと表明している。
アン王女、公務の最多出席者に
76歳のアン王女は、フィリップ殿下とエリザベス2世の第2子だ。18歳のときから公式行事への出席を始め、1987年に「ロイヤル・プリンセス」の称号を授かった。
アン王女は1973年にマーク・フィリップス陸軍大尉と結婚し、1992年に離婚した。2人の間にはピーター・フィリップスとザラ・フィリップスがいる。同年、ティモシー・ローレンス海軍中将と再婚した。アン王女は馬術競技に取り組み、1976年のモントリオール五輪には英国代表として出場している。
2025年、アン王女は国王を除く王室メンバーの中で最も多くの公務に参加した。2026年9月にはウィリアム皇太子とともに、ノルウェーのハーラル5世国王の葬儀に出席し、王室を代表する役割を引き続き担った。
エディンバラ公夫妻とグロスター公夫妻
62歳のエドワード王子は、エリザベス2世とフィリップ殿下の末子だ。1999年にソフィー・ヘレン・リース=ジョーンズと結婚し、当初は夫妻にウェセックス伯爵・伯爵夫人の称号が与えられた。チャールズ国王は2023年3月、2人にエディンバラ公爵・公爵夫人の称号を授けた。
エドワード王子はかつてテレビ番組の制作や執筆に携わり、1993年にはアーデント・プロダクションズを設立した。ソフィー妃は以前、広報業務に従事した後、自身の会社を設立している。エドワードは父親からエディンバラ公爵賞の運営も引き継ぎ、若者向けの活動を支援している。夫妻にはルイーズ・ウィンザー令嬢とウェセックス伯爵ジェームズがいる。
82歳のリチャード王子はグロスター公爵で、エリザベス2世のいとこにあたる。兄が1972年に飛行機事故で亡くなった後、父親の爵位を継ぐ立場となり、1974年に正式にグロスター公爵となった。1972年にビルギット・ファン・デルスと結婚し、3人の子どもがいる。
リチャード公爵夫妻は長年、王室の公式行事に参加してきた。2026年8月には、英国で初めて開催された「テロ被害者・生存者国家追悼日」に関連する式典に出席したほか、ロイヤルアスコット競馬やウィンブルドン選手権にもたびたび姿を見せている。
ケント公爵とアレクサンドラ王女
90歳のケント公爵エドワードは、ジョージ王子とマリナ王女の息子で、エリザベス2世とフィリップ殿下のいとこにあたる。父親が1942年に戦時中の飛行機事故で亡くなった後、ケント公爵の称号を継承した。サンドハースト王立陸軍士官学校で学び、フランス語通訳の資格を取得。1976年に英国陸軍を退役してからは、現役の王室メンバーとして公務に携わっている。
エドワード公爵は1961年にキャサリン・ウォースリーと結婚し、3人の子どもをもうけた。キャサリン公爵夫人は2025年9月、92歳で死去した。エドワード公爵は1970年から英連邦戦没者墓地委員会の委員長を務めている。2026年5月には、セント・ポール大聖堂で行われた聖マイケル・聖ジョージ勲章の式典に国王とともに出席し、最近ではウィンブルドンにも姿を見せた。
89歳のアレクサンドラ王女は、ケント公爵エドワードの妹だ。一般の学校に通った最初期の英国王女の1人で、看護師の訓練も受けた。1963年にアンガス・オグルヴィと結婚し、ジェームズとマリナの2人の子どもがいる。夫が2004年に亡くなった後も、単独で王室行事への出席を続けている。2026年4月には、バッキンガム宮殿で開かれたエリザベス2世の100歳の誕生日を記念する行事に出席した。
ハリー夫妻は帰英後も私人のまま
ハリー王子とメーガン妃は2020年1月、王室の主要メンバーとしての職務から退き、現役の王室メンバーには戻らない意向を示した。2人は同年3月に英国を離れ、カナダと米国で生活した後、カリフォルニア州モンテシトに定住した。
米国でアーチー王子とリリベット王女を育てながら、Netflixの番組やポッドキャストを制作し、メーガン妃は「As Ever」ブランドも運営している。2026年8月、2人はロンドン近郊に戻り、子どもたちを英国の学校に通わせ始めたが、これによって王室内での立場が自動的に変わることはなかった。
2026年9月、王室内務大臣はチャールズ国王の代理として、ハリー夫妻と軍、政府に書簡を送った。書簡は、夫妻が英国に居住しても現役の王室メンバーとしての地位は回復しないと明確にしている。夫妻は「商業的および慈善活動上の利害を持つ私人」であり、慈善団体やその他の組織を支援する際に「殿下」の称号を使用することはできないとされた。
アンドルー氏、称号放棄後も捜査が続く
チャールズ国王の弟であるアンドルー・マウントバッテン=ウィンザーは、2022年にエリザベス2世から軍の役職と王室の後援職を取り上げられた。これに先立ち、バージニア・ジュフレ氏は訴訟でアンドルー氏から性的暴行を受けたと主張していた。アンドルー氏は一貫して否定し、2022年に和解によって訴訟を終結させたが、不正行為があったとは認めていない。
2025年10月、ジェフリー・エプスタイン氏との関係をめぐる関心が続く中、アンドルー氏は王室の称号を放棄した。バッキンガム宮殿は、今後はアンドルー・マウントバッテン=ウィンザーの名前で知られることになると発表した。アンドルー氏は声明で、相次ぐ疑惑が国王と王室の職務遂行の妨げになっているとして、称号と関連する栄誉を使用しない決定を表明した。一方で、疑惑については改めて否定した。
2026年2月、アンドルー氏はエプスタイン氏との関係に関連し、公職者による不正行為の疑いで逮捕された。警察は約11時間後に同氏を釈放したが、捜査は続いている。アンドルー氏は、エプスタイン氏が関与した性的人身売買犯罪への関与についても否定している。
現在の王室をめぐる実務上の変化は、公式の公務を担うメンバーが11人に維持されていることだ。ハリー夫妻が英国に戻って生活を始めても、この人数や夫妻の公的な王室上の立場は変わっていない。