バイナンスは11月3日、6億3,400万ドル相当の暗号資産が流出した事件について、攻撃者が感染した従業員端末と社内AIツールを使い、ウォレット基盤を担当するエンジニア2人を侵害したと明らかにしました。攻撃者はその後、ウォレットの署名手続きに侵入し、複数のブロックチェーンで不正な取引を実行しました。同社によると、影響を受けた資産のうち約2億8,500万ドル相当を凍結または阻止しています。AIツール、開発環境、従業員の認証情報が連鎖的に攻撃の足掛かりとなった形です。
侵害端末からウォレット署名手続きへ
バイナンスによると、攻撃者は10月20日、侵害された従業員の端末と社内AIツールを利用して、エンジニア2人の環境に侵入しました。その後、コンテナのデプロイ権限を持つトークンを取得し、10月29日にウォレット署名の運用手続きへアクセス。複数のブロックチェーン上で不正取引を行いました。
現時点で公表された情報からは、AIモデルが自律的に盗難を計画、実行したとは確認されていません。攻撃には認証情報の窃取、開発ソフトウェアの感染、ソーシャルエンジニアリングなどが使われ、社内AIツールはその攻撃経路の一部だったとされています。
調査では、従業員を狙った過去の侵入も確認されました。今年6月、バイナンスのエンジニア1人が広く使われているAIコーディングツールを導入する際、改ざんされたインストーラーをダウンロードしました。異常を把握した同社は端末を交換し、関連する認証情報を更新しましたが、それ以前に本人や同僚に関する情報の一部が漏えいしていたということです。
9月には別のエンジニアが、採用選考を装った攻撃を受けました。攻撃者は偽の面接を設定し、悪意あるコーディング課題を通じて端末にマルウェアを感染させたとされています。バイナンスによると、攻撃者はこの端末を使って社内システムへの侵入を進めました。米連邦捜査局(FBI)は、より広範な攻撃について北朝鮮によるものとしています。
AIを使った開発者攻撃に広がる警戒
今回の事件を受け、AIが攻撃者の能力を高める一方、企業システムへの新たな侵入口にもなり得るとの懸念が改めて浮上しています。グーグル傘下のセキュリティ企業Mandiantは今年2月、暗号資産業界を狙う北朝鮮のハッカーが、攻撃活動にAI支援技術を取り入れていると明らかにしました。
研究者らは、偽のビデオ会議とマルウェアを使った侵入事例を記録しています。攻撃者がAI生成動画で企業幹部になりすました可能性も指摘されましたが、動画がディープフェイクだったかどうかは独自に確認できていません。一方、関係するグループが偵察やソーシャルエンジニアリングにAIツールを使っていたことは確認されています。
グーグルの脅威インテリジェンスチームは9月、一部の攻撃者がAIで悪意あるコンテンツを生成する段階から、侵入の複数工程を自動化する段階へ移りつつあると報告しました。ある事例では、クラウド環境への侵入後、6時間足らずでAIを活用した大規模な認証情報窃取が実行されました。また、ソフトウェアのサプライチェーン攻撃に利用するため、AIコーディング支援ツールやセキュリティスキャナーを操作しようとする動きも確認されています。
Anthropicも同月、犯罪グループや国家の支援を受けた疑いのある攻撃者が、Claudeを偵察、攻撃ツールの開発、データ窃取の自動化に使ったと発表しました。一部の活動では、AIエージェントが限られた人間の監督下で攻撃の複数工程を担っていたとしています。バイナンスの事例は、開発者本人だけでなく、その業務で利用するAIツールも機密性の高いインフラへの侵入経路になり得ることを示しています。
バイナンス、内部システムを再構築
バイナンスは、影響を受けた社内AIツールとウォレット基盤を再構築し、侵害された従業員端末を交換したほか、アクセス制御を強化したと説明しました。調査結果の検証と追加対策の洗い出しに向け、外部の独立したサイバーセキュリティ審査も依頼しています。
今後は、AIを活用した脅威検知、端末保護、開発環境のセキュリティ、異常な行動の監視に投資を増やす方針です。また、AI企業、ブロックチェーン業界の関係者、サイバーセキュリティ企業と連携するため、安全性研究基金の設立を検討しています。基金の規模や参加者、開始時期はまだ公表していません。
資産の回収状況について、バイナンスは流出した6億3,400万ドル相当のうち約2億8,500万ドル相当を凍結または阻止したとしています。10月31日時点で、影響を受けたトークン資産の98%は補填済みです。独立審査では、攻撃者が社内AI環境を通じて利用した弱点の全容はまだ特定されておらず、調査結果は追加の安全対策や業界基金の設計に反映される予定です。